東京高等裁判所 昭和27年(く)94号 決定 1952年12月02日
抗告人 東金区検察庁検察官
主文
原決定を取り消す。
昭和二十七年四月二十一日、平簡易裁判所が河野高義に対してした刑の執行猶予の言渡、及び同年七月一日、千葉簡易裁判所が同人に対してした刑の執行猶予の言渡は、いずれも、これを取り消す。
理由
本件即時抗告の要旨は、「千葉県山武郡大平村折戸中川庄二方河野高義は、
(一)昭和二十七年四月二十一日、平簡易裁判所において、窃盗罪により、懲役一年、三年間刑の執行猶予の言渡を受けて、そのころ確定し、更に、同年同月二十八日政令第百十八号減刑令により、右刑を懲役九月、二年三月間の執行猶予に変更されたものであつて、その猶予期間中、更に罪を犯したため、
(二)同年七月一日、千葉簡易裁判所において、窃盗罪により、懲役一年、三年間刑の執行猶予の言渡を受けて、そのころ確定したものであるが、その確定後に至つて、同人が前示(一)のように平簡易裁判所において、懲役刑に処せられた事実が発覚したので、抗告人は、前掲(一)の執行猶予の言渡は、刑法第二十六条第一項第一号により、同(二)の執行猶予の言渡は、同条第一項第三号(刑執行猶予取消請求書に第二号とあるは第三号の誤記と認める)により、いずれも、これを取消すべきものと認め、刑事訴訟法第三百四十九条に則り、管轄裁判所たる東金簡易裁判所に対し、これが取消の請求をしたところ、同裁判所は、昭和二十七年十一月十三日、管轄違を理由として、右請求を却下する旨の決定をしたが、該決定は相当でないと思料するにより、原判決を取り消した上、前記二回にわたる執行猶予の言渡を取り消す旨の裁判を求めるため、本件即時抗告に及んだ次第である。」という趣旨に解される。
よつて、記録を調査するに、千葉県山武郡大平村折戸中川庄二方河野高義が、(一)昭和二十七年四月二十一日平簡易裁判所において、窃盗罪により、懲役一年、三年間刑の執行猶予の言渡を受けて、そのころ確定し、更に同年同月二十八日政令第百十八号減刑令により、右刑を懲役九月、二年三月間刑の執行猶予に変更されたものであること、及び、その猶予期間中更に罪を犯したため、(二)同年七月一日、千葉簡易裁判所において、窃盗罪により、懲役一年、三年間刑の執行猶予の言渡を受けて、そのころ確定したものであること、並びに、右(二)の判決が確定した後に至つて同人が前掲(一)の裁判を受けた事実が発覚したものであることは、いずれも、本件記録に徴して明瞭であるから、前示(一)の執行猶予の言渡は、刑法第二十六条第一項第一号により、同(二)の執行猶予の言渡は、同条第一項第三号により、それぞれ、これを取り消すべきものといわなければならない。然るに、原裁判所は、検察官たる本件抗告人から、右各執行猶予の取消請求があつたのに対し、右河野高義に対する、求意見の手続を経た上、右請求については管轄権がないとの理由でこれを却下する旨の決定をしているので、この点について按ずるに、刑事訴訟法第三百四十九条第一項には「刑の執行猶予の言渡を取り消すべき場合には、検察官は、刑の言渡を受けた者の現在地又は最後の住所地を管轄する地方裁判所、家庭裁判所又は簡易裁判所に対しその請求をしなければならない。」と規定されているのであつて、検察官たる本件抗告人は、右河野高義の現在地又は最後の住所地が原裁判所の管轄内である千葉県山武郡大平村にあるものとして、原裁判所に対し、前示取消請求をしたものであるところ、原決定は、右中川庄二の司法警察員に対する供述調書を援用し、これによれば、河野高義は、本年七月初旬ごろ、二、三日間千葉県山武郡大平村折戸の右中川庄二方に居つただけで、間もなく飛び出し、目下所在不明なることが認められ、従つて、庄二方が高義の現在地でないことは勿論、最後の住所であつたとも認め得ないから、原裁判所には、右請求について審判する権限がないといわねばならぬ旨を説示しているのであるが、しかし、住所とは、各人の生活の本拠をいうものであるから、ある者が、自ら、そこを生活の本拠とする意思を以て、その意思を実現すべき行為に出ていたことの認め得られる以上、たとえ、二、三日間しかそこにいなかつたとしても、そこに居住していた期間内は、そこを以てその者の住所と認めることができるものというべきところ、前示中川庄二の司法警察員に対する供述調書中同人の供述記載によれば、同人は、右河野高義の実父であつて、右高義が、昭和二十七年七月一日、千葉簡易裁判所において、前掲(二)の裁判言渡を受けた際、弁護人の奨めに応じて、同裁判所に出頭し、執行猶予によつて釈放された高義の身柄を引き受けて自宅に連れ帰つた上、同人が、魚の行商をして真面目に働きたいとの考えを持つていたので、自宅に同居させて、右行商をさせることとなり、同人に対し、資本金二千円を与え、且つ、自転車一台を買つてやつたところ同人は、右実父方に同居して五日目ごろより仕事を始め、銚子から魚を仕入れて来ては、附近の町村を行商し、二、三日間は、これを継続して生活していた事実が認められるのであるから、たとえ、その後間もなく、右庄二方を出たまま行方不明になつたとしても、前示庄二方に居住していた間は、右高義の生活の本拠即ち同人の住所は、同所にあつたものと認めるのが相当であるというべく、従つて、同所以外には、同人の住所の所在を記録上認め得られない本件においては、同所を以て、同人の最後の住所と認めるの外はないものといわなければならない。而して、原裁判所が、右最後の住所地たる千葉県山武郡大平村を管轄する簡易裁判所に該当することは、当裁判所に顕著なところであるから、検察官たる抗告人が、原裁判所に対して、前掲二回にわたる刑の執行猶予取消の請求をしたのは、適法且つ相当であるというべく、従つて、管轄違を理由として該請求を却下した原決定は失当であつて、本件即時抗告は理由があるので刑事訴訟法第四百二十六条第二項、第三百四十九条第二項、刑法第二十六条第一項第一号第三号に則り、原決定を取り消した上、昭和二十七年四月二十一日、平簡易裁判所が河野高義に対してした刑の執行猶予の言渡、及び、同年七月一日、千葉簡易裁判所が同人に対してした刑の執行猶予の言渡は、いずれも、これを取り消すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)